第1回目の今回は坂口監督にインタビューしました。
−−陸上競技部は今年で創部17年目を迎えました。監督が陸上の指導にあたられて,あるいは選手と接しておられる中で,この間に変わったこと,逆に変わらないことは何でしょう?
変わったのは「チーム力」だと思います。選手の意識も変わり,世界に挑戦する選手も出てきました。
−−今,世界で闘う選手たちも出てきているわけですが,監督は,当初から彼らがいつかはそのようになるだろうというイメージを持たれていたのですか? 何か転機のようなものがあったのでしょうか?
うちのチームは,それぞれの段階で一つひとつ目標を達成して,階段をあがるように一歩ずつあがってきたチームだと思います。 はじめから選手たちが今のようになると思っていたわけではありません。ただ,例えば油谷選手にしても,尾方選手にしても,「絶対負けない」という強い気持ちを持っていました。油谷選手は,2000年の初マラソンのときから,マラソンに向いていると感じていました。
この世界は,出会いというか,運もあると思います。監督という立場で言えば選手との出会いということですが。ただ,ちゃんと(監督としてするべきことを)やっていなければ,その出会いもない。ちょうど「夢」と同じような感じです。夢は叶わないことも多いけれど,持っていないと叶わない。それと同じです。
逆に,変わらないのは,選手の「自らやる」(自らがどうなりたいのか考えて自らの意志でやる)という前向きな気持ちだと思います。人からやらされてやるのではなく「自らやる」のだという気持ち,その基本的な考え方の部分はずっと変わっていません。
−−みんな走るのがほんとに好きで走っている,ということですか?
もちろんそうですが,走るのが好きという気持ちが根底にあっても,やらされて走っている選手というのはいるものです。その考え方を変えるのが一番大変なことなのですが。はじめはやらされて走っている選手でも,チームに入ってから,自らやる選手に変わっていくことが多いです。それが「チーム体質」というものなのかもしれません。
−−坂口監督は選手に日ごろどのように接しておられるのですか?
あまりしゃべらないですね(笑)。練習中も一言二言交わす程度です。
−−監督の指導哲学を教えてください。
私は,選手とはパートナーでありたいと思っています。1つの目標を達成するためのパートナーです。それぞれ役割分担があり,選手は走るのが仕事,監督は戦略,戦術を考えるのが仕事です。もちろん重なる部分はありますが。
−−監督は,ぐいぐいひっぱっていかれるタイプなのですか?
いえ違います。「俺についてこい」式はダメだと思っています。 パートナーといっても,知識などは監督の方があるわけですが,支配と被支配という関係は嫌だし,選手をモノのように扱うのは間違っていると思います。選手とは互いに自立した関係でありたいと思っています。
−−常に結果を求められる勝負の世界は厳しいものだと思います。普段同じ職場にいて監督や選手を見ていて感じることですが,よい結果のときも,そうでないときにも,また走りつづけられる,どんなときでも前を向いてがんばれる,そのものすごいパワーの原動力はどこにあるのでしょうか?
どんなときでもがんばる,というのは,宿命だから仕方ないですね(笑)。これでもういいと思って満足し,努力しなくなったらそこで終わりですから。私は常に今何をやるべきかということを考えます。
選手にしても,情熱の原点というのは人それぞれだと思いますが,自己満足だけでは決して走れるものではありません。
−−よい結果がでない時には,どのように乗り越えていかれるのですか? 振り返って一旦元に戻ってみるとういうこともあるのでしょうか?
例えばニューイヤー駅伝で23位になったこともありました。ただ,よい結果がでなくても後戻りするということはありません。よい結果がでなかったからといってそれまでのやり方を大きく変えるわけではありません。やるべきことをやっていけばいいわけで,常に今何をやるべきか考えます。実際,今何ができるか,しかありませんから。それを冷静に考えてやっていく,ということなのだと思います。
−−監督は先日ニューヨークシティマラソン(11月6日)に選手として出場されたそうですね。3時間半で完走されたとのことですが,久しぶりに走られていかがでしたか?
ゴールしたときはじめにかけられた言葉は”Congratulations!(おめでとう)”でした。レース後,街中どこを歩いていても,完走者へのメダルをかけて歩いていると”Congratulations!”と声をかけられました。それを聞いて不思議な気持ちになりました。
これまでは,勝った,負けたの世界です。「おめでとう」と言われるのは勝ったときか自己記録を更新したとき。でも,市民ランナーにとっては完走すること自体がおめでとうなんです。 セントラルパークがゴールだったのですが,そこにはゼッケン番号別に家族や応援の人たちが待っていました。誰にも支えられずに一人で走るのは大変なことだと思いました。そして,支えてくれる人がいるからマラソンで闘えるのだとも。だから,マラソンというのは,孤独であると同時に孤独じゃない。
昔選手だった頃は,勝った負けたという世界にいて,監督の今もそうなのですが,今回自分で走ってみてそれを実感しました。
−−マラソンを走られたのはいつ以来ですか。今回久しぶりにマラソンを走ってみようと思われたのには,何かきっかけがあったのですか。
マラソンを走ったのは17年ぶりです。実は17年前,ニューヨークシティマラソンに出る予定だったのですが,1週間前にキャンセルしたのです。不整脈だったことがその理由です。それが私の現役としての最後でした。ですから,いつかはニューヨークシティマラソンを走ってみたい,という気持ちはありました。でも走れるとも思っていなかった。今回,大会のDirectorであるMary Wittenbergさんと,福岡,ヘルシンキで話す機会があり,招待していただけたので,これも何かの縁だと思いました。コースのことも大会の雰囲気も,自分自身走ってみるのが一番よくわかるだろうと思って走りました。
ゴールした時には,絶対もう走らない,と思いました。でも,だんだん達成感が生まれてくるんです。人にかけられた言葉の比重が苦しさより大きくなってくる。
ニューヨークシティマラソンには3万7千人もの人が出場していました。それでも抽選で半分に減らされているんです。オランダ,イタリア,フランスなど世界各国から老若男女が参加していて,各国の応援団もいました。 やっぱり,闘いは一人ではなく支えてくれる人があってこそですね。自分で嬉しいというだけでなく,一緒に喜んでくれる人がいた方が何倍もいいと実感しました。
−−まもなく中国実業団駅伝ですね。今のお気持ち,抱負を聞かせてください。
中国実業団駅伝は若手にチャンスを与える場だと考えています。若手にチャレンジャーとしてがんばってほしいし,次の世代を背負っていく選手となってチームを支えていってほしいと思います。
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監督、はじめまして!
私は市民ランナーですが、初めてニューヨークシティマラソンに参加しました! 沿道の声援に心が熱くなりました。セントラルパークで練習されている監督の姿も拝見しましたよ!
明日は坂グラウンドスタートフィニッシュのベイマラソンに参加します。
お正月は実家が近いので毎年ニューイヤー駅伝の応援に行っています! 中国電力のみなさん、応援しておりますので、是非頑張ってください!!!
投稿者 ぬまっち : 2005年11月19日 23:49
9連覇おめでとうございます。尾方・佐藤抜きでの連覇流石と思います。前半のカネボウ実力もすばらしかったが後半の層の厚さですね。個人的には何人かの選手のタイムにはちょっと納得がいかないがタイムだけでなく順位が大切ですよね。これで元旦のコニカ目じゃないですよね。しかし勝負はやってみなければわからないので言うまでもなく監督・選手気持ちを引き締めてこれ以上引き締められないくらい締めて後一カ月あまりがんばって下さい。元旦を楽しみにしています。スボーツにしか興味がないおじさんからです。
投稿者 ベン・ハー : 2005年11月21日 16:01
尾方選手の体調はどうでしょかね。元旦まではまだ日にちがあるとは言えちよっと心配です。本人も大変でしょうがチームのメンバー も体調に注意をして調整してベストな体調で「V」だ。
投稿者 ベン・ハー : 2005年11月24日 08:29
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監督、はじめまして!
私は市民ランナーですが、初めてニューヨークシティマラソンに参加しました! 沿道の声援に心が熱くなりました。セントラルパークで練習されている監督の姿も拝見しましたよ!
明日は坂グラウンドスタートフィニッシュのベイマラソンに参加します。
お正月は実家が近いので毎年ニューイヤー駅伝の応援に行っています! 中国電力のみなさん、応援しておりますので、是非頑張ってください!!!
投稿者 ぬまっち : 2005年11月19日 23:49